単分子磁石は分子1つで磁石としての性質を示す分子であり、量子トンネリングによる磁化反転や磁化緩和現象が観測される特殊な磁性体である。本研究は、単分子磁石に光応答性や電気伝導性を付与し、量子効果・磁化緩和現象との複合機能性を探索することが目的として研究を行った。本年度は複合機能単分子磁石の合理的合成法の確立を行い、以下の2つの化合物系について研究を進めた。 (1)光による磁性変換を示す鉄-コバルト14核錯体 (2)有機伝導体の構成要素であるテトラチアフルバレン(TTF)を導入した8核単分子磁石 (1)では8つのFeイオンと6つのCoイオンがシアン化物イオンで架橋された14核錯体について検討した。この錯体の環状構造は分子内水素結合によって安定化されており、配位子に置換基を導入しても類似構造を持つ化合物が安定に得られることが分かった。また本化合物は結晶溶媒脱離、温度、光によってその電子状態および磁性の双安定性が観測され、この双安定性はFeイオンとCoイオン間の分子内電子移動に起因していることがわかった。置換基に依存して、溶液中で安定な錯種が変化することが分かり、温度条件を検討することで、電子状態が異なる10核錯体が単離できることが分かった。電荷移動を溶液中で制御することで合理的な錯体クラスターの作り分けに成功したといえる。 (2)では4つのFeイオンと4つのNiイオンがシアン化物イオンで架橋されたキューブ状8核錯体へのTTF部位を導入した。本化合物は8核錯体の周辺に4つのTTF部位が共有結合によって連結されており、TTF部位に由来する可逆な酸化還元を示した。また、極低温で8核錯体部位に由来する単分子磁石挙動が発現することが、磁性解析により明らかとなった。キューブ状の空孔内にはナトリウムイオンが包摂されることが明らかとなり、対称性の低下に基づく磁性の変化を観測した。
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