古典重力理論において、ブラックホールのように事象の地平線を持つ重力解は、地平線の面積に比例する熱力学的エントロピーを持ち、熱力学系のように扱うことが出来るということが指摘されている。このような重力場の熱力学的振る舞いを統計力学的な立場から理解しようという試みは、例えば超弦理論の枠組みから取り組まれており、対称性の高い静的ブラックホールに対してはエントロピーの起源を定量的に説明することに成功している。しかし、ダイナミカルな非平衡ブラックホールに関しては、超弦理論などの微視的理論から直接取り扱うのは非常に困難であり、現時点では重要な課題として残っている。 そこで、本年度の研究では、まずは微視的理論の詳細には参照せず、低エネルギー有効理論の立場から非平衡現象を記述する普遍的な枠組みを調べた。具体的には、非平衡状態にある一般の連続体の相対論的な力学を、オンサガーの提案した非平衡熱力学における線形回帰の理論の枠組みから記述した。これにより、連続体力学の全エントロピーを増大させるために働くエントロピー力によって連続体の不可逆な時間発展が引き起こされるという描像が明確になった。これは連続体の非平衡熱力学における重要な成果であり、非平衡ブラックホールを微視的理論から記述する上で有用な示唆を与えると期待される。 さらに、この連続体力学の枠組みが非常に一般的なものであることを確認するため、具体例として、相対論的粘弾性体力学の定式化を新たに行った。通常の相対論的粘性流体は、因果律を破る振る舞いをするという問題を含んでいるが、我々が記述した相対論的粘弾性体は、長時間では粘性流体と同様の振る舞いをする一方で、短時間では弾性的な歪みの効果が効くことで、因果律の問題は緩和されることがわかった。このように、我々の提案した連続体力学の枠組みは非平衡熱力学や流体力学の分野に対しても重要な寄与を与えたといえる。
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