研究概要 |
近年、イヌの肥満細胞腫(Mast cell tumor, MCT)とc-kit遺伝子変異に関する研究が数多く報告されており、これらの研究の基礎的な部分は細胞株を用いて行われてきた。しかし、その大半は単一の細胞株を用いた研究である。そこで、本年度の研究実施計画1に該当する研究として、イヌMCTの多様性を検討するため、イヌMCT細胞株4種(HRMC,VIMC1,CoMS1,CMMC1)についてc-kitの変異およびKITのリン酸化、そのリガンドである(Stem cell factor,SCF)の発現およびSCF添加刺激による反応性について解析した。その結果、HRMC細胞にはc-kit遺伝子全領域にわたってその変異は認められなかった。VIMC1,CoMS1細胞においては同一のc-kit塩基配列が認められ、両細胞では細胞外領域に1アミノ酸置換が認められた。CMMC1細胞では少なくとも3種類のc-kit配列を認め、それぞれ細胞外領域に1アミノ酸欠損、1アミノ酸置換および膜近傍領域のInternal tandem duplication、あるいはナンセンス変異を有していた。また、全ての細胞株においてKITのリン酸化を認めたが、その程度は様々であり、CMMC1細胞で最も強いリン酸化を認めた。これらの細胞株に対しSCF添加刺激を行ったところ、CMMC1を除く細胞株においてKITリン酸化の増強が認められたが、どの細胞株でも増殖は促進されなかった。また、全ての細胞株においてSCFのmRNA発現を認めたが、HRMC細胞においてのみSCFタンパクの発現を認めた。よって、VIMC1,CoMS1,CMMC1細胞ではc-kit遺伝子の機能的変異によって、HRMC細胞ではSCFの自己分泌刺激によってKITの恒常的リン酸化が引き起こされている可能性が示された。今回解析した細胞株はc-kit変異、KITのリン酸化およびSCF発現について複数のパターンを有しており、イヌのMCT症例の多様性を反映しているものと考えられた。これらの細胞株を用いることにより、イヌMCTに関する病態解析や新規治療法についての研究がさらに進展するものと考えられる。当成果についてはJVM獣医畜産新報62号7巻にその一部を掲載し、台北にて行われたAsian Meeting of Animal Medicine Specialtiesにて発表した。さらに、国際学術誌であるVeterinary Immunology and Immunopathology誌に投稿中である。
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