研究概要 |
身の回りの物体の方向(前,横など)を視覚によってどのように認識しているかを,二つの方向で研究した。 第一に,機能的MRIを用いて物体を見ている時のヒトの脳活動を計測し,物体方向の認識の脳内機構を調べた。主に視覚的物体認識を担うと従来考えられてきた後頭・側頭葉の領域は,何の物体かを判断するだけの時も,物体方向を判断しなければならない時も同程度に活動した。しかし,これとは異なる頭頂葉の領域で,物体方向の判断時により強い活動が見られた。視覚的物体認識の脳内機構は従来考えられていたよりも複雑で,新しいモデルを考える必要があることが示唆された。 第二に,心理学的実験によって,物体の方向を判断する際に周囲の空間(道路や部屋など)の方向が影響するかどうかを検討した。何もない背景の中の物体の方向を判断する場合と,視線に対して平行な空間(部屋の中で壁に正対しているような場合)の中の物体の方向を判断する場合とで,認識された物体方向は同じだった。しかし,物体の方向と近いが少しずれている方向の空間の中の物体を見ると,何もない背景の中で物体を見るときに比べて,知覚された物体方向がずれることがわかった。例えば,道路と少しだけ違う方向を向いている車の方向は,道路の方向に少し引きずられて知覚される。物体方向の認識は,物体そのものの視覚的情報だけによるのではなく,本来は関係のない周囲の空間の情報も影響することが初めてわかった。身の回りの空間の中で物体をどのように認識しているのかについて新しい示唆をもたらす結果だと考えられる。
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