研究概要 |
擬縮退分子系の電子状態の記述は量子化学計算の諸問題の一つである.本研究では遷移金属を含む系の化学反応の理論的解明を最終目的としているが,擬縮退問題に加え電子数が多いため実在系を精度良く記述するのは困難である. 現時点で最も高精度な計算方法は単状態多配置参照coupled cluster singles and doubles (MkCCSD)法であるが,非常に高い計算コストや初期軌道依存性といった問題も存在する.本研究では4種類の非局在初期軌道及び局在化初期軌道を用いてMkCCSD法を計算するスキームを確立した.一方,非制限Hartree-Fock (UHF)に基づくCCSD (UHF-CCSD)法はMkCC法と比べて計算コストが低く,適切なUHF解さえ求めることができればブラックボックス的に計算結果が得られるという利点を有する.しかし,非制限計算特有のスピン混入誤差が現れてくる.我々はスピン混入誤差を取り除くために,近似スピン射影(AP)法をUHF-CCSD解に適用した(AP-UCCSD法とする).これまでにMkCCSDの計算結果を参照データとし,様々な化学反応及び2核銅錯体に対するAP-UCCSD法の評価を行ってきた. その結果,1重項の場合スピン混入誤差は主に3重項に由来しており,その影響は計算する系によってはかなり大きいことがMkCCSD法との比較から実証することができた.UHF法の利点は低い計算コストのみならず,前述のようにその自然軌道及び局在化自然軌道をMkCCSD法の初期軌道としてそのまま使用できることも挙げられる.また,こうした比較的小さな擬縮退分子系での高精度な計算結果は非制限密度汎関数法の精度に関する参照データとなっている.
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