本年度の研究実績の成果は、次の2点に概括できる。 第1には、石清水八幡宮の御神楽に関する研究である。この研究では、特に鍋島家本『神楽歌』の人長の「男山惣検校」という名乗りに注目し、これが石清水八幡宮寺の惣官(検校・別当)を示すとする立場かち、平安後期から中世前期にかけての石清水八幡の御神楽における惣官の関与について解明した。石清水八幡宮寺の御神楽では、大きく分けて2種の御神楽が行われていた。その1つ目としては、宮廷によって行われる行幸の御神楽、石清水臨時祭の御神楽、および臨時の御神楽があった。この御神楽においては石清水八幡の社僧は直接御神楽に関わらず、裏方の雑事を担っていることが明らかになった。さらにもう1つの宮寺の恒例の御神楽については、惣官が御神楽の主催権を有するものの、御神楽に直接的に奉仕することのなかったという事実が確認された。なお、宮寺の御神楽については、次年度以降も個別の御神楽の性格を明らかにする諸調査を継続する予定である。 第2には、中世の楽書・音楽説話における楽人の研究である。本年度は特に多氏に注目し、多資忠、忠方、近方、ざらには好方という三代に渡る楽人の活動について、それが音楽説話や楽書にどのように描写されているのか解明した。特に多氏については、堀河天皇に神楽歌の秘曲を伝授し、さらにそれが天皇から返り伝授を受けたという説話が知られている。この説話が史実として認められるものかどうか、同時代の資料にそいつつ考察した結果、文献資料から実証することの限界を指摘しつつも、その可能性が極めて高いという結論を示した。また『教訓抄』における多氏の記述も取り上げ、史実の面から多好方が称賛される理由を確認した。
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