本年度は、アスベスト問題の事例分析を基盤に、専門家としての技術者の責任に関する研究を行った。主要な業績として、次の三点が挙げられる。1.第一回日本応用哲学会で発表した「アスベスト問題は事例としてどのような示唆を含むか」では、アスベスト問題そのものの事実関係を整理した上で、技術者個人の意志決定のレベルを超えた領域での議論が必要であるとの観点から、工学倫理の事例として同問題を再構築することの意義を示した。同時に、報告者が携わった神戸大学人文学研究科倫理創成プロジェクトでの活動経験をもとに、同問題を対象とした因果関係論やリスク論などに関する研究が現状では不足しており、現場からは哲学・倫理学分野からの研究者の参入が望まれているという点も、併せて紹介した。2.The 16th Biennial International Conference of the Society for Philosophy and Technologyでは、"The Difference of Professional Responsibilities in Engineering : Asbestos Issues and Space Shuttle Challenger Disaster"と題する発表を行い、工学倫理上最も著名な事例である米スペースシャトルチャレンジャー号爆発事故とアスベスト問題との比較から、専門家としての技術者の責任の相違は予見可能性に大きく左右されることを指摘した。なお本発表の概要は予稿集に収録され、Society for Philosophy and Technologyによってインターネット上で公開されている。3.『21世紀倫理創成研究』第3号に掲載された論文「工学倫理はなぜ専門職倫理としてみなされるのか」では、アメリカにおける工学倫理の勃興過程を辿ることにより、工学倫理が専門職倫理と見なされるにいたった歴史的経緯を明らかにした。これらの他に、複数の研究会やシンポジウムで発表を行った。
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