本年度は、ジョン・ロールズの社会正義論における功利主義批判の分析を進めた。本年度は、私のこれまでの研究の軸である(1)ロールズ『正義論』とそれ以前の彼の思想との関係の研究(2)伝統的な社会思想(特に社会契約論・功利主義)と彼の理論「公正としての正義」の関係の研究からさらに踏み込み、(3)公正としての正義とロールズの提唱するメタ倫理学上の立場「道徳的構成主義」との関係を研究した。この際私は、道徳的構成主義に関するロールズ自身の記述のほか、この立場を継承する倫理学者(コースガード、ダーウォル)の議論や、その他現代の倫理学者の功利主義批判(ウィリアムズ、スキャンロン)を研究の参考とした。そして、私は(3)で得られたメタ倫理学的観点から、改めて『正義論』をめぐり彼と功利主義者との間でなされた論争を眺め、ロールズの功利主義批判が、功利主義における道徳的正当化方法の不適切さや、「道徳的理由」概念の重要性の軽視を対象とするものであること、一方ロールズ正義論が功利主義に比べ、常識道徳に関してより適切な説明を与えうることを示した。 本年度の研究の成果としては、当初の計画のひとつに挙げていた、ロールズ正義論の功利主義批判としての意義を主題とした学位論文の執筆・提出は達成し得なかったが、その内容の一部は日本哲学会(09年5月、東京)および日本イギリス哲学会(10年3月、神奈川)において発表した。それぞれ、前者ではロールズの功利主義批判のキーワードである「各人の個別性の重視」について、後者ではダーウォルの「二人称観点」というアイデアをもとにロールズとアダム・スミスの功利主義批判がともに功利主義における道徳的正当化方法の不適切さをその対象とすることについて論じた。
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