日本産哺乳類の地域集団の形成には、第四紀の気候変動等の歴史的要因と日本列島の地形・環境の多様性等の環境的要因が影響していると考えられている。本研究では、日本固有種であり冬季毛色の異なる南北二つの地域集団をもつニホンノウサギを対象に系統地理学的解析を行い、その遺伝的集団構造と上記の要因との関連について検証した。 mtDNAのCyt b遺伝子、Y染色体からSry領域、および常染色体の5遺伝子座について解析し、遺伝的集団構造を推定した。Cyt bとSryは東西に分かれて分布する二つの系統群を形成した。二つの系統は第四紀初期に生じ、第四紀氷期の複数の避寒地に各系統がそれぞれ固定した結果、現在みられる明瞭な東西分布が形成されたことが示唆された。常染色体5遺伝子座における地理的変異の解析からも、ニホンノウサギ集団が北部、中部、南部に起源地を持つことが示唆された。以上の結果から、ニホンノウサギの遺伝的集団構造は主に歴史的要因によるものであると考えられた。一方、集団の遺伝的分化と冬季毛色二型の間に関連は見られなかった。毛色二型は遺伝的差異によることが示唆されており、毛色変化に関わる一部の遺伝子のみが環境要因によって他の遺伝子とは異なる分布を示している可能性が考えられた。さらに用いた常染色体遺伝子の一つTshbにおける解析の結果、その遺伝的多様性への自然選択の影響が示唆された。Tshbでは北方よりも南方において高い多型性がみられ、それはなんらかの環境要因による可能性が考えられる。 ニホンノウサギの遺伝的集団構造は主に歴史的要因に起因することが示されたが、冬季毛色二型および一部の遺伝子の分布には環境的要因が強く影響していることが示唆された。本論文によって、日本産哺乳類の地域集団の形成には日本列島の歴史的・環境的要因が複雑に絡み合って影響していることを示す一つの重要な知見が得られたと思われる。
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