申請者は、日本産哺乳類の遺伝的多様性の創出要因について調査するため、ニホンノウサギを対象にして分子系統地理学的解析を行った。mtDNA、Y染色体DNAおよび常染色体DNA5座位を用いて、当該種の遺伝的多様性について調べた。その結果、ニホンノウサギは、第四紀の日本列島に形成された複数の避寒地を中心に集団の拡大と縮小を繰り返し、その遺伝的多様性を獲得しことが示唆された。しかしニホンノウサギにみられる冬季毛色の異なる2集団(白化・非白化集団)が、遺伝的集団構造に与える影響について調べる必要があると考えられた。これまで哺乳類の毛色変異に関する主な遺伝子としてasip、tyr、mclrが知られている。これらの遺伝子の一部を調べたところでは、冬季毛色との関連を示す地理的変異は見つからなかった。上記の3つの遺伝子は一生涯続く毛色の変異を引き起こすため、ニホンノウサギのような毛色の季節変化の有無については、別の遺伝子の変異に起因する可能性が考えられた。また、核遺伝子の調査を進める中で、光周性関連遺伝子tshbの変異に独自の地理的分布がみられた。Tshbは調べた他の5つの核遺伝子とは異なり、自然選択検定において有意な負の値を示し、また遺伝的変異と地理的距離との相関もみられなかった。ニホンノウサギの白化型と非白化型は、毛色や生殖腺の季節変化と日長刺激との間に関連があることが報告されている。このことからTshbの遺伝的変異には自然選択の影響が働いている可能性が考えられた。今後、カイウサギのゲノム情報を基に、ニホンノウサギで利用可能なサテライトマーカーを探索し、2集団特異的な変異を持つ遺伝子座と、より網羅的な遺伝子流動について解析を進める。
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