本研究の目的は、宿主と寄生生物の相互作用に着目して、進化生態学の重要課題である生物多様化機構を解明することである。平成21年度は宿主である巻貝(Cerithidea)と寄生虫(ニ生吸虫)の多様性が共に高いアメリカ大陸の熱帯地方で研究を行い、太平洋と大西洋の分断により生じた宿主の多様化が、寄生虫の多様化に及ぼす影響について分子系統学的手法を用いて明らかにすることを目標とした。分子系統解析の結果、アメリカのCerithidea属は共通の祖先を持つ単系統群であり、その多様化にはパナマ地峡の形成が大きく関わっていることが明らかとなった。解析に用いた巻貝の内、4種の巻貝がパナマ地峡による海洋の分断により隔離され、異所的な種分化をしていた。巻貝の寄生虫であるニ生吸虫の多様化の履歴を巻貝と比較してみると、多くの寄生虫において宿主の多様化の履歴との一致が見られなかった。このことは、寄生虫が多様化する上で、共種分化よりも宿主転換が重要な役割を果たしていることを示唆している。また、系統的に離れた宿主に共通して寄生している種も確認され、ニ生吸虫類は宿主に対する特異性が高いという従来の考えを一部覆す結果となった。どのような生態的特徴を持つ寄生虫において、宿主転換や非特異的な感染が生じるのか、そしてどのような場合にそれらが生じないのかを特定できれば、寄生虫の多様化における生態的要因の役割を解き明かす鍵となると考えられる。
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