平成21年度は、15世紀フィレンツェで制作、上演された聖史劇について、基礎的な文献の渉猟と調査をメインに進めた。とりわけ、同時代に編纂された写本資料に残る戯曲形式のテクストを検討し、そこから上演台本として同定できるテクストを整理、さらにはそのテクストの読解と訳出を進めながら、内容について分析を行った。その成果をまとめて、平成21年度イタリア学会全国大会にて発表を行った。 その内容は、聖史劇のテクストが帯びた機能を4つに分類し、検討するものであった。すなわち(1)教化的機能、(2)教育的機能、(3)勧誘的機能、(4)見世物的機能である。それぞれの機能は、様々な演目の上演台本を横断する形で発効しており、台詞として機能した詩節や、ト書きの記述を分析することで、これらの機能の多層的な交わりを例証した発表は、発表後の質疑応答でも好意的に受け入れられた。 また、各演目の具体的な演出法についても、制作団体である在俗信徒会の財産目録などを利用して、再構成の試みを続けており、現在は《聖霊降臨祭》《キリストの昇天》の演出について、主に研究を進めているところである。これらについての成果は、次年度の美学会全国大会にて発表できるよう詰めの作業を行ってきた。 さらに、先に述べたテクスト分析から浮かび上がってきた、当時の政治的状況を照射する対象についても検討を行いたい。具体的には、上演台本のなかに描かれた、疎外される脇役たち、つまりレプラ患者やユダヤ教徒、異教神らの描かれ方である。宗教的圏域からも、世俗的圏域からも、排除されながらにして包含されているこれらの対象について、生政治的視点からの分析は有効であろう。この研究の成果は、次年度の表象文化論学会にて発表できるよう、準備を行っている。
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