特別研究員DC2として最終年度の2年目は、1年目の成果である上演台本の同定作業と読解をふまえ、聖史劇が当時のコミュニティのなかで果たした役割と、見物客に受容されたかについての考察を進めた。聖史劇は、必ずしも、聖書や聖人のエピソードを扱った宗教的演劇や、街を挙げて挙行される祝祭的行事としてのみ、受け止められていたわけではなく、しばしば、他の文化表象とのあいだに記号のシークエンスを形成し、能動的に〈意味〉や〈価値〉を生成する装置として機能したと推測される。この点を検証する内容となった美学会などへの投稿論文では、上演に用いられた小道具や大道具のリストや、当時の宗教者や編年史家が残した見物記録、そして歴史家が後に編纂した伝聞記録などを、一次テクストである上演台本と付き合わせることを行った。「聖体の奇蹟の聖史劇」「聖霊降臨祭」『モーセとエジプト王ファラオの聖史劇」などを採り上げて行った検証の結果、先の仮定を確認することに成功した。すなわち、世俗的な表象と宗教的な主題は、政治的な共犯関係のもとに結びつき、ユダヤ教徒の疎外や乳母制の維持、異教的表象の称揚といった〈価値〉を生成することが明らかになったのである。これは、イタリア本国ですら、ほとんど進展が見られない聖史劇研究、ひいては、中世祝祭史研究において、重要なメルクマールとなる成果として認められるだろう。
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