チンパンジーが、環境中に変化の中で何が自分のおかで(あるいはせいで)生じたことかわかっているのだろうか。自らが主体的に生じたものとそうでない事象を区別して認識しているのかを調べた。またそのメカニズムがヒトのそれとどのように異なるのかを検討した。 1.観察された事象が、自ら主体的に引き起こしたことなのか、あるいはその他の要因によるものなのかを判断するする認知機能(エージェンシー判断)は、ヒトの社会生活において非常に重要な役割を担う。その心理的なメカニズムとして、自ら意図した状態と実際に知覚された状態を比較照合する過程が想定されている。ヒト以外の霊長類においてもそのようなシステムが存在するのかを確かめることは、霊長目の進化を理解する上でも、また適切な霊長類研究モデルを開発する上でも重要なことである。本研究ではそのような照合過程が含まれる随意運動と、単純な連合学習による反応(動物の行動を説明するための古典的な理論)とを区別する実験課題を開発し、自己の主体感の基盤となる認知機能をチンパンジーとヒトが共有することを世界で初めて示した。 2.エージェンシー判断がヒトとチンパンジーがどのような点で異なるのかを調べた。その結果、チンパンジーにおいては、自らが意図した行為の目標と観察された事象との比較照合が重要な役割をもち、目標までの実際の運動の実行における時空間的な同期は、ヒトと比べた場合あまり重要ではないかもしれない可能性が示唆された。また、チンパンジーは自分の意図した目標と、実際に観察されることとの乖離の程度に感受性はあるものの、ヒトが行うようなカテゴリカルな自他判断は行ってはいない可能性が示唆された。
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