今年度は、研究拠点の移動を主として推移した。去年6月末にスーダンから帰国したのち、この1月からはフランス・リール第三大学へと移動し研究を継続している。とりわけ従事したのは、全6章から構成される博士論文へ向けた分析作業であり、主なものとしてはスーダンで獲得した土器実測図の整理とデータ化、特殊遺物の集成作業が挙げられる。 このうち特殊遺物として目下集成を続けている「弓環(Archer's loose)」に関して述べれば、その数量的分布範囲から次のことが明らかとなった。メロエ王国(クシュ王国においてメロエが中心となる時代の別称)崩壊直前から直後にかけて継続的に出土することで知られるこの遺物は従来、神殿のレリーフ中にこの装身具を身につけている王の姿が認められることから、王家に属するものであると想定されてきた。しかしながら、実際の分布はその勢力中心地たる王墓地からほとんど出土せず、むしろメロエ王家とはおよそ関わりのない遺跡において多数出土する傾向を示した。即ちこの遺物は、歴史資料中でメロエ王国衰退の決定的要因としてたびたび言及されてきた異民族侵入、そしてその勢力分布図を直接的に示す物証として見なしうるということである。そのため、この遺物を手掛かりとしてメロエ王国崩壊前後の社会的様相を実証的に議論してゆくことが可能になる。青銅製の鐘(Bell)についても同様であり、こちらは王墓地へと明白に集中する出土傾向を掴むことができた。これをそれぞれ一章分とし、クシュ王国形成からその衰退までを物質資料に即して論じてゆく。 以上それぞれ一章ずつを含む全6章が、フランス語の博士論文として結実することになる。
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