本能行動のひとつである睡眠覚醒は個体のみで生じる生理現象であるために、その神経回路の動作原理を解明するためには、個体を用いた解析が必須である。そこで本研究では、睡眠覚醒の調節に非常に重要な役割を担っている視床下部のオレキシン神経に光活性化タンパク質であるハロロドプシンを発現させる遺伝子改変マウスを作製し、in vivoにおいてその神経活動を人為的に制御することで、睡眠覚醒調節におけるオレキシン神経活動の役割を解明することを目的としている。 免疫染色法を用いた解析によって、作製した遺伝子改変マウスでは、オレキシン神経特異的にハロロドプシンが発現していることを確認した。スライスパッチクランプ法によるin vitroの解析より、橙色光を照射することで約15mVの過分極応答を誘導し、完全に自発発火を抑制出来ることを確認した。この遺伝子改変マウスから脳波および筋電図を記録することで、睡眠覚醒ステージを判定しながら、両側視床下部に刺入した光ファイバーを介し、任意のタイミングでオレキシン神経を1分間橙色光刺激により抑制したところ、徐々に筋電位が小さくなると同時に脳波では徐波成分の増加が観察された。また、オレキシン神経の投射先である縫線核のセロトニン神経の活動が抑制されたことを細胞外記録によって確認した。このことはオレキシン神経活動を特異的に抑制すると、その下流の神経活動が低下し、結果として徐波睡眠を誘導しうることを示唆している。 本研究により、ハロロドプシンが特定神経の活動を抑制するツールとして非常に有用であること、さらに個体における特定神経活動を制御することによって特定の行動を制御出来ることを示唆しており、個体での睡眠覚醒調節機構の動作原理への理解が大きく深まったと考えられる。
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