バリ島のトペン・ワリ(以下トペンと表記)は宗教儀礼の一部として上演される仮面舞踊である。少人数の演者が仮面を取り替えつつ、歌い、踊り、様々な役柄を演じ分け、歴史物語や教義を解説するこの演目は、先行研究によって一握りの卓越した演者によって担われる名人芸として描かれてきた。 主要な課題の1つは、実際には多量に存在する無名の(必ずしも熟練していない)演者たちに目を向けることであった。短期調査を行った結果、幾つかの集落では、近年飛躍的に儀礼規模が拡大し、それに伴いトペンの上演機会も増加したことが確認された。また、上演に必要なマントラと歴史物語ババッドのなどの知識が、一般的な出版物や研究報告や私的な冊子となり、演者たちに読まれていることも明らかとなった。これらが世襲でない者たちが大量にトペンに参入することを許した一因となったようだ。 もう一つの課題は、仮面を中心にトペンを描き、人とモノが相互に働きかけながら上演を作りあげるというトペンの側面を明らかにすることである。人間中心的な発想を転換し、人とモノとのダイナミックな関わりをいかに捉えることができるか。トペンを名人芸と捉えた先行研究は、多様な力を駆使する演者の姿を強調してきた。本研究では、むしろ仮面に操られ、演奏者や観客にも働きかけられる客体としての演者の姿に目を向ける。また仮面の物質性がトペンの表現や伝承にいかに作用するのかを分析し、モノ(仮面)が介在する仮面舞踊劇の特有の性質を問う。昨年から続くこの課題について、本年度は2本の論文にまとめた。
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