本研究全体の目的は、第二次世界大戦後の西ドイツ・ルール地方における環境意識の変容過程を、歴史学的に明らかにすることである。 研究実施計画に従って先行研究の整理と一次史料の収集を本年度の主な作業とした。一次史料については、ルール地方を含むノルトライン・ヴェストファーレン州の州立文書館において、1950年代から60年代にかけての森林行政関連文書を主に収集した。 作業の成果として得られた知見は以下のとおりである。西ドイツの環境論議の形成過程において、工業地帯であるルール地方の環境汚染は戦後ほどなくして重要なテーマとなっていた。大気汚染による健康被害が論議に切迫性をあたえていたことは先行研究で確認されているが、研究遂行者は森林行政上の議論に重点を置き、そこにおいても当時重要な変化があったことを確認した。すなわち、当初大気汚染による森林枯死は林業の収益減少という観点で問題視されていたが、1960年代前半には森林の保養地としての効果を強調する言説が増加し、それを受けて森林の再造林を企図した政策もとられたのである。60年代の大衆消費社会化の進行の中で、住民のあいだで近郊保養地の需要が高まったことがこの動向の社会的背景と言える。 特にドイツに関しては狭義の環境保護思想・運動の成果が注目されているが、このような広い意味における自然への親近感の歴史的事例をも分析することは、今日の環境意識のあり方を多面的にとらえるうえで重要な視座をもたらすと考えられる。
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