本研究全体の目的は、第二次世界大戦後の西ドイツ・ルール地方における環境意識の変容を、歴史学的な手法により明らかにすることである。本年度はとりわけ、大戦終結直後から1950年までの時期の森林行政および自然保護行政関係資料を分析し、森林保護についていかなる議論が展開されていたのかを分析した。分析の結果、この時期には多くの住民が参加するような環境保護運動は発生していないものの、自然保護活動家の議論に重要な変化があったことが、明らかになった。 従来、自然保護活動家は、ごく限られた地域の、審美性を備えていると彼らが評価した木々のみを、保護対象と目していた。しかし彼らはとりわけ大戦終結直後、戦勝国占領当局がドイツで大規模な森林伐採を行った時期以降、土壌保水や土壌浸食防止、あるいは住民の保養地確保という観点でも、森林を保全対象と見なすようになった。ルール地方南部を流れるルール川の源流地帯の森林についても、自然保護活動家ヴィルヘルム・ミュンカーらが、このような観点から保全を求めたのである。この変化は、従来、林業収益の向上を至上課題としていた森林行政に、転換をもたらした点で重要である。すなわち自然保護活動家が、ルール地方を含む州であるノルトライン=ヴェストファーレン州の森林行政当局に働きかけを行った結果として、1950年に、彼らの主張に即した森林保護法が成立した。この州法は、1950年代に成立した他州の州法、さらには1975年の西ドイツ森林法の模範となったのである。
|