研究概要 |
本研究の目的は,ロシア文学においてそれまで支配的であった文学=社交というセンチメンタリズムの読書モデルが変化してゆく過程で,そこから構成される近代的な読者の身体を,「社交界小説」を中心に明らかにすることである.研究初年度はゴーゴリの作品を中心に研究を行った.2009年5月に台湾・台北で開かれた国際会議で行った発表では,質疑応答のさい,「ゴーゴリが持つセンチメンタリズムへの郷愁」に着目した点が特に高く評価され,関連する論集に投稿した同内容の論文も,査読を経て掲載されることが決定している.さらに研究を進めた結果,F・シュレーゲルに代表されるドイツ・ロマン派の「自己反省」概念が,「鏡」というイメージとしてゴーゴリの読書論の基礎をなしていることが明らかになった.「鏡」の詩学が特に明確に打ち出されているのが初期の代表作『アラベスク』であり,この一見まとまりのない文集は,無数の鏡となり,読者の視線を常に疑わしく問い直し続ける装置となっている.2009年10月には日本ロシア文学会が作家の生誕200年を記念したワークショップを開いたが,そこで報告者として以上の内容を発表した(ワークショップの模様はロシア人文大学の紀要で紹介予定).同年12月にはロシア・モスクワでほぼ同じ内容の報告を行い,論旨は関連する論集に掲載される予定である.こうした自己反省の詩学が,晩年の「告白」体で書かれたテクストにおいてセンチメンタリズムへの郷愁と結びついてどのように展開されているかを見ることで,ロマン主義の読書モデルにゴーゴリが投げかけた問いが明らかになると思われるが,研究二年目はこの課題に取り組む,なお,以上の研究のために2009年4月から2010年3月にかけて,途中一時帰国をはさみつつ,計10ヶ月ほどロシア・モスクワの国立人文大学に滞在し,受け入れ教官のマン教授のもとで資料収集および調査研究を行った.
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