本研究の目的は、19世紀前半のロシア・ロマン主義文学の文脈において、それまで支配的であった文学=社交というセンチメンタリズムの読書モデルが変化してゆく過程で、そこから構成される近代的な読者の身体のありかたを明らかにすることである。研究二年目は、ゴーゴリが書いた告白体のテクスト『友人たちとの文通からの抜粋箇所』(1847年)を中心に据えて、ロマン主義的な告白における公と私の分裂とその調停の諸様相について分析を行った。前年度の研究では、ドイツ・ロマン派の「自己反省」概念が、ロシア・ロマン主義文学において、分身をもたらす「鏡」のイメージとして定着していることを明らかにした。今年度は、無限の自己反省というこの詩学が、ゴーゴリ最晩年の作品においてついに、典型的にロマン主義的な自己表象、すなわち告白を不可能にしていることを指摘した。言語と、それによって表象されるべき自己は常にすれ違ってしまうために、告白を読む行為は、テクストの反省的読解を無限に続けてゆく終わりなきプロセスへと変わる。それは、作家が自己について何も隠さずに語ることが前提となるルソー的な告白を解体することで、自己と他者、個と集団、創作と批評との乖離を調停しようとする試みであった。宗教的な側面からのみ考察されることの多かった作家最晩年の告白を、ロマン主義文学の系列に位置づけるという問題設定は、国際的にも類例がなく、特にモスクワの世界文学研究所やAATSEEL年次集会でおこなった発表では、本研究のオリジナリティが高く評価された。以上の成果をまとめた論文は、学術雑誌『スラヴ研究』への掲載が決定している。2010年2月から6月にかけてはモスクワのロシア国立人文大学に滞在し、マン教授の指導のもとで資料収集および調査研究を行った。この期間中、国際会議に出席・発表する機会が多数与えられ、すぐれた研究者と意見交換をおこなうことができた。
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