本研究員の研究目的は、現在まで本格的な分析の行われてこなかった戦時期における日本海軍の政治史的動向を、特にその期間内の大部分で海相及び首相を務めた米内光政に着目することで解明し、戦時期の政治史研究の深化に実証的な貢献をなすことである。平成22年度においては、対米開戦の政治過程における海軍の役割と、ポツダム宣言受諾時の政治過程における海軍の役割について分析を行う予定であったため、防衛省防衛研究所図書館・国立国会図書館憲政資料室を中心に、戦前期陸海軍の関係文書を調査した結果、以下2点が明らかになった。 (1)対米開戦の政治過程における海軍の役割について 第3次近衛文麿内閣において対米戦に消極的であった海軍が、何故東条英機内閣において急速に開戦に傾斜するのかということを、海軍の内部史料を収集・分析した。その結果、この問題における海軍の態度決定要因が「管掌範囲認識」と「執行責任のジレンマ」という2点にあることを明らかにし、それらが東条英機内閣で開催された大本営政府連絡会議により解消することで、海軍が開戦に傾斜するということを明らかにした。それにより、当該時期の意思決定システムが、消極的な海軍の影響を受けて曖昧になっていく過程が抽出された。 (2)ポツダム宣言受諾時の政治過程における海軍の役割について ポツダム宣言受諾時の政治過程において、海軍(米内光政)の果たした役割について分析した。その際、米内の行動の基礎となる海軍内部の情勢を詳細に把握するとともに、陸軍内部の状況も同様の調査を行い比較検討することで、米内の行動の背景や要因を考察した。その結果、ポツダム宣言受諾時の混乱は主管大臣を尊重する米内の政治スタンスと、部下統制を非常に重視しつつも楽観する、米内の特殊な職掌認識にあったということが明らかになった。それにより、宮中グループを中心に分析されてきたポツダム宣言受諾時の政治過程の混乱の理解が、海軍の視点から深められた。
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