近世能楽史の究明を目的として、徳川御三卿旧蔵資料を調査した。徳川御三卿は、幕府御抱え役者の有力な後援者として能楽界に少なからぬ影響力を持っていたことが知られ、その旧蔵資料を調査することで江戸後期能楽界の様相を窺い知ることが出来ると考えられるためである。本研究の特色は膨大な歴史資料を調査対象とした点にあり、これにより、従来の能楽資料を中心とした断片的な考察に、歴史的な裏付けを与えることが可能となる。 今年度は、下記の調査によって、能役者の新たな活動記録や江戸城内における演能の詳細、一橋家旧蔵の能面や能装束について、具体的な内容を把握しうる基礎資料が得られた。 【一橋家】茨城県立歴史館において一橋徳川家旧蔵資料の調査を行なった。現地では以下の資料から能楽に関わる記事を抽出し、デジタルカメラで撮影を行なった。番頭御用人日記、御用人部屋日記、近世一橋家日記、近代一橋家日記、『御書付留』、分限帳、近世勘定目録、『御代々様御装束類御仕舞置帳』『御装束帳』『御能装束帳』『御能面並御装束目録』、書付、宝生大夫書状、『当午年御能御用掛り役之者被下調』『当午年暮奥向御能御相手之者被下調』『当午年暮御役者共被下調』『臨時御次第』『御拝領物御上物覚書』『御拝領物覚書』『御出殿覚書』。計754冊。【田安家】田安徳川家旧蔵資料である国文学研究資料館「田藩文庫」の文書を調査し、能楽関連記事を複写(マイクロフィルム又は手写)した。『田藩事実』『申楽秘書』『九位次第』『能之作書条々』『御謡初之次第』『宝生流装束附』『森田流一噌流笛唱歌』。計99冊。 【清水家】観世流シテ方の清水寛二氏に問い合せたが、旧蔵資料の所在不明。調査の対象外とした。 今後は引続き資料調査を行なうとともに、収集した記事を翻刻・分析し、従来の研究内容と照らし合わせることで、近世能楽界の様相をより詳細に把握できるようになると予想される。
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