本研究課題では、最適環境下におけるイネのさらなる多収化および節水栽培に適した品種育成を目指し"根の発生量の改変"を試みている。そのために申請者らは、イネの根系を特徴づけているひげ根(冠根)の数が著しく減少するcrown rootless(crl)変異体を用いた冠根形成メカニズムの解析を進めている。その中でもオーキシンシグナル伝達経路上で機能し冠根形成を制御する遺伝子であると考えられるCRL5遺伝子は、冠根数を人為的に制御する上で重要な遺伝子であると推測された。CRL5はシロイヌナズナのAINTEGUMENTAと相同性の高い遺伝子であり、crl5変異体においては冠根原基のinitiationが阻害される。ところがこのCRL5過剰発現個体は地上部形態に異常が生じることがあるため、そのまま本遺伝子を育種に利用することはできないと考えられた。そこでまず冠根形成部位特異的に発現するCRL1のプロモーター制御下でCRL5を発現させたが、本形質転換体においては地上部諸形質への影響は見られなかったものの冠根数増加の誘導も観察されなかった。この結果を踏まえ、次にCRL5の下流で機能しCRL5よりもより冠根形成に特化していると考えられる遺伝子の探索を試みた。 CRL5過剰発現体は、本来カルスが根を再分化させることができないような高濃度のサイトカイニン条件下においても根を再分化させることができた。そこでサイトカイニンシグナリングにおいて負の制御因子であるtype-A response regulator(RR)の発現を野生型とCRL5過剰発現体との間で比較してみたところ、13個存在するイネOsRR遺伝子のうちOsRR1およびOSRR2の発現が過剰発現体で上昇していた。これら2つの遺伝子は反対に、crl5変異体においては野生型に比べて発現が低下していることも併せて判明した。以上より、CRL5は冠根形成を阻害するサイトカイニンシグナリングを負に制御するOsRR1やOsRR2を正に制御することで冠根形成を促進していると考えられた。
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