アリールジカルボニルシクロペンタジエニル鉄(以下、アリール鉄錯体とする。)は、安定で取り扱いが容易である上に、特異的な反応性を示す興味深い化合物であることが知られている。よってその反応性に関する研究は、既存のアリール金属反応剤では実現することができない、有用な有機合成反応の開発につながると考えられる。 そこで申請者は本年度、アリール鉄錯体の反応性に関する研究を行った。具体的にはアリール鉄錯体のフッ素化反応によるフッ化アリールの合成を計画した。この反応にはフッ素化剤として求電子的フッ素化剤を用いる。したがって、この反応を実現するためには適切な求電子的フッ素化剤及び反応溶媒の組み合わせを見つけ出すことが必須であると考えられる。よって、様々な求電子的フッ素化剤及び反応溶媒の検討を行った。さらにはアリール鉄錯体上の配位子についても検討を行った。しかし、目的の反応を実現することはできなかった。 当初計画した反応に加えて、アリール鉄錯体の反応性に関して様々な検討を行った。その結果、アリール鉄錯体とスチレンの反応において、ステレンのアルケン部位のアリール化反応か進行して、対応するスルベン誘導体が得られることが分かった。この反応は、スチレンのアルケン部位のアリール鉄錯体のアリール-鉄結合に対する挿入、及び引き続くβ-hydride脱離を経て進行すると考えられる。このような挿入反応自体はこれまでに知られているものの、それが有機合成反応に応用された報告例はこれまでにない。この成果は、アリール鉄錯体の不飽和結合に対する反応性に関して新たな知見が得られた点で注目に値する。
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