TGF-β誘導性EMTに伴う選択的スプライシングの変化を網羅的に調べるため、NMuMG(マウス乳腺上皮)細胞を用いて、無刺激とTGF-β刺激したサンプルとでExon arrayを行った。すると、約7000個の遺伝子がTGF-β刺激により有意な選択的スプライシングの変化を受けることがわかった。その中には、ESRP(epithelialsplicing regulatory protein)によりスプライシングが制御されることが報告されている遺伝子がいくつか含まれていた。そこでTGF-β刺激によるESRPの発現変動を解析したところ、TGF-βはSmad依存的な経路でESRPの発現を減少させることがわかった。ヒト乳癌細胞株23種類を用いてESRPの発現を比較したところ、その発現量はE-cadherinの発現と正の相関を示していた。そこで、E-cadherinの転写を制御するEMT関連転写因子の発現との比較を行ったところ、ZEB1とSIP1の発現と負の相関を示すことがわかった。そこで、ZEB1とSIP1の過剰発現やノックダウンを行いTGF-βによるESRPの発現変動を解析した結果、TGF-βはZEB1とSIP1を介してESRPの発現を抑制することがわかった。また、ESRPをほとんど発現していない細胞株は、免疫不全マウスに移植すると高い浸潤能を示す報告がなされており、ESRPの発現減少は癌の悪性化につながる可能性が示唆された。ESRPの過剰発現の実験から、さらに興味深い結果が得られた。ESRPを過剰発現させた細胞では、TGF-βによるE-cadherinの発現減少が抑制された。一方で、ESRPをノックダウンしてもE-cadherinの発現には影響が見られなかった。このことは、ESRPはE-cadherinの転写を直接抑制してはおらず、何か他の因子のスプライシングを介してE-cadherinの発現を制御する可能性を示唆している。E-cadherinの発現調節への選択的スプライシングの関与はこれまで報告が無く、TGF-βによる新規のEMT誘導機構の解明につながると期待される。
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