ヒラメ・カレイの変態後の頭部左右性形成の傾き方向の決定には「左手綱核のNodal経路遺伝子pitx2の特異的発現」が関与している。ヒラメ体節期胚をNodal受容体阻害剤SB431542により一過的に浸漬処理した。これらの個体では孵化前後のNodal経路遺伝子の左体側特異的発現が完全に抑制されており、その後の心臓や腸の捻転方向といった左右性がランダム化した。浸漬仔魚を変態が完了するまで常法で飼育したところ、20%の変態中仔魚では左間脳手綱核におけるpitx2が正常に発現したが、80%の仔魚では発現が消失していた。また変態後の稚魚の60%が正常な左ヒラメ、40%が眼位逆位すなわち右ヒラメとして発生していた。このうち正常にpitx2を発現した20%の個体は正常な左ヒラメとなり、発現が消失した80%の個体は眼球の偏りを一方向へと指定するスイッチ機構が働かなくなり、半分の40%は右ヒラメ、残りの半分は左ヒラメへと変態したと推察している。以上の実証実験は胚期における左右軸決定因子が数週間という時間を隔たり、変態時に眼位の偏り方向を指定するために再度機能するという異体類特有のメカニズムが存在することを強く示唆している。 ヒラメ・カレイの非対称な体色は、成魚型色素胞前駆細胞の左右非対称な分化によって顕在化すると推察されていたが、非対称な分化のタイミングや前駆細胞の遊走経路は不明であった。変態中仔魚の鰭基部および体幹部筋肉間(筋間中隔)の細胞を蛍光色素により標識しその遊走を観察し、色素合成酵素の遺伝子発現により分化過程を観察した。その結果、変態完了以前の有眼側体幹内部を遊走中の前駆細胞が色素の生合成を始動した段階で既に体側部の左と右の違いが生じている事が明らかになった。本実験は体幹部の深部における前駆細胞の挙動が有眼側と無眼側で異なることを示した初めての例である。
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