本年度は、研究課題に即した資料調査とフィールドワークを行い、その成果を博士論文にまとめる作業を進めた。 具体的には以下の研究成果を得た。(1)社会背景と政策の分析を通して、改革開放期の中国の政府政策においても社会の変化においても、政治志向から文化志向へ、国家主義から(中華民族としての)民族主義へ、権威主義から個人価値の肯定へと変容する傾向を呈し、愛国主義教育は中国の近代化をサポートする役割を担いながら、90年代以降民族主義志向を助長する傾向が見られる。(2)愛国主義教育と関連の深い政治科、歴史科、国語科の学習指導要領と教科書の分析を通して、それらの教育課程で従来の社会主義教育、革命史観、コミュニズムの重視から、公民教育、文明史観、ヒューマニズムの重視へと変化していることを明らかにした。(3)中国の中学校・高校を対象とするフィールドワークを通して、学校現場の教師および生徒のなかに「愛国」をポジティブな価値観として肯定する傾向が強い一方、実に多様な愛国観が存在していることを伺うことができた。 これらの研究を通して、改革開放以降の中国には二つの意味の近代化運動-先進国を見ならって追いつき追い越しを図ろうとする意味の近代化運動と、西洋的な「普遍性」に対して民族意識を持って自らのアイデンティティを自覚的に維持しようとする近代化運動-が存在し、この期間に進められてきた愛国主義教育と徳育改革はそれに対応する性格をもつことが分かった。こうした認識は中国の愛国主義教育に対する理解の増進に有意義であるだけではなく、東アジア共同体の構想が課題となる今日、その構築に必要とされる幅広いコンセンサスの形成にも貢献できようと考える。
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