不活性な基質の分子変換を可能とするため、これまでに多くの有用な強酸触媒、強塩基触媒が開発されてきた。しかし、高い酸性、塩基性には触媒回転数、官能基許容性、触媒自体の安定性などの問題が付随する。強酸や強塩基に依存せず、触媒化学・有機合成化学に大きなブレークスルーをもたらすにためは、全く新しい触媒設計の指針が必要である。本研究では、酸と塩基が触媒分子中に精密に設計された中性の分子触媒による、ほぼ中性反応条件下での新規な触媒作用の創製と実践的有機合成法の開発を目的とする。 本研究の基盤となるアミノ有機ボラン(AOB)錯体は溶液中の酸と塩基の作用により、開環単量体と閉環二量体の間を行き来することがわかっていた。本年度はまず、AOB錯体の構造の精密な制御に取り組んだ。NMR測定の結果から、二種類の構造体の間の平衡定数の対数値と、添加するフェノキシドの4位置換基の置換基定数の間に直線的自由エネルギー関係が成り立りことが明らかとなった。さらに、モデル反応を用いてAOB錯体の構造と触媒活性の相関について検証を行った。それにより、相対反応速度の対数値と二種類の構造体の間の平衡定数の対数値の間にもまた、直線的自由エネルギー関係が成り立つことが明らかとなった。この結果は本反応の進行に開環型構造体が重要な役割を果たしていることを示唆する。 有機分子触媒に代表される水素結合駆動型触媒は近年、国内外を通じて高い注目を集めているものの、準化学量論量の触媒を必要とする場合が多く、反応性の面では大きな課題を残している。本研究により水素結合駆動型触媒の新しい設計指針を提案できたことの意義は大きいと考えている。次年度は本年度得られた触媒設計指針に基づき、より実践的な有機合成法の開発に取り組む予定である。
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