雌雄同体である海産無脊椎動物カタユウレイボヤは、卵と精子が自己・非自己を識別することで自家受精を防ぐ機構「自家不和合性」を獲得している。自家不和合性は有性生殖による種内の遺伝的多様性を維持するための重要な機構である。カタユウレイボヤの自家不和合性は、卵側で働く候補遺伝子v-Themis-A/Bと精子側で働く候補遺伝子s-Themis-A/Bによって制御されていることが示唆されているが、自家不和合性機構のメカニズムは明らかになっていない。本研究では、v-Themis-A/B及びs-Themis-A/Bの解析を通して、自家不和合性の分子メカニズムの解明を目的としている。受精の際、カタユウレイボヤの精子は卵を被う卵黄膜に結合し、卵黄膜と精子細胞膜上で自己と非自己の識別が行われる。その後、非自己精子のみが卵黄膜を通過し受精に至るが自己精子はどのような「自己」シグナルが働き受精できないのか、その自家不和合性反応についての解析を行った。 まず、卵に結合した精子鞭毛運動及び波形の解析を行い、自己卵に結合した精子のみ鞭毛の波形が変化し、運動性を失うことを明らかにした。また、一部の精子は運動性を失う前に自己卵から離脱する様子が観察された。このように、自家不和合性反応によって精子内で何らかのシグナルが働き、鞭毛運動の変化や受精能の喪失による自家受精の回避が明らかになった。 鞭毛運動にはカルシウムが深く関係し、s-Themis-Bはイオンチャネルを持つことから、自家不和合性反応にカルシウムが関わっていると考えられる。そこで、自己・非自己識別時における精子細胞内のカルシウムイメージングを行った結果、自己卵に結合した精子は急激なカルシウム上昇を示し、細胞内カルシウム濃度の上昇と共に精子の運動性が低下することが観察された。このように、自家不和合性反応はカルシウムによって制御されていることが明らかになった。
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