本年度は申請課題のうち、同位体の核の体積効果とPT対称性破れに関して進展があった。同位体分別の新しい原理である核の体積効果について、これまで原子モデルや簡単な分子の量子化学計算による解明を行ってきた。本年度は特に、反応物としてより現実に即した分子を扱い、ウランの錯体モデルによるウラン四価-六価の酸化還元反応に関する論文をJournal of Chemical Physics誌に発表した。またパラジウム、鉛、ニッケルの同位体分別の実験研究の論文に、共同研究者として核の体積効果の影響を理論計算から見積もり議論を加え、放射化学や地球化学の論文誌に3本の論文が掲載された。学会発表ではウランの同位体分離について、二つの原子力分野の国際会議で口頭発表が採択され、日本化学会春季大会のアジア国際シンポジウムの招待講演に推薦された。PT対称性破れの直接的証拠となる電子EDMの探査について、EDMの理論家として著名であり共同研究者でもあるDas教授を日本に招いて、具体的にプログラムや理論をどう構築していくかについて、議論を深めた。またPT対称性破れ以外にも、大統一理論など素粒子物理のための分子を対象とした低温物理学の研究が盛んであることを知り、量子化学による分子の電子状態計算の研究が大切であるということで、多数の実験研究者に情報提供できるよう努めた。京都大学で現在遂行されようとしているYbLi低温分子の光会合実験に関しては、相対論を考慮した基底・励起状態のポテンシャル曲線を描き、スピン軌道相互作用を考慮した遷移双極子モーメントや分光学的定数を、Journal of Chemical Physics誌に発表した。さらに富山大、情報通信機構の実験・理論の研究者らの目指している陽子・電子質量比の時間変化の観測のために、CaH^+などのアルカリ水素イオンの電子状態や振動状態の理論計算を行い、2本の論文がJournal of Physics B誌に掲載された。国際会議Pacifichem2010で、冷却分子の実験のための理論研究に関して口頭発表が採択された。
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