本研究は、動体認識の場としての糖脂質の役割に着目し、単一分子としてではなく糖脂質の分子集合体としての構造情報を捉えることを目的としている。本年度は、ガングリオシドを含有した小型のバイセルおよびナノディスクを調製し、糖脂質クラスターの構造情報を抽出することを試みた。糖脂質クラスターの糖鎖-糖鎖間のトランス相互作用の検出に向けたアプローチとして、生化学的実験により糖鎖-糖鎖相互作用の存在が提唱されているGM3およびGg3に着目し、それらを組み込んだバイセルをそれぞれ調製した。両者の混合比を工夫してNMR解析を行った結果、GM3とGg3の糖鎖間の相互作用を反映するスペクトル変化を観測することに成功した。また、糖鎖-糖鎖間のシスの相互作用の検出に向けたアプローチとして、異なる2種類の糖脂質の脂質部分をリンカーで化学的に連結したアナログを作製した。現在NMR法を用いた精密な解析を実施中である。 一方、糖脂質クラスター上におけるタンパク質の相互作用様式に関して分子科学的に理解するため、そのモデル系としてのGM1クラスターとAβの相互作用解析に取り組んだ。ABがαヘリックス構造からβシート構造へと構造転移する過程に関する構造的知見を得るため、AβとGM1ミセルの量比を系統的に変化させ、チオフラビンT蛍光観測、放射光VUV-CD計測および部位特異的安定同位体標識法と組み合わせたNMR解析を行った。その結果、Aβはミセルの量比に応じたAβ-Aβ分子間相互作用を通じて、C末端の構造がβ様構造へと変化することが明らかとなった。これより、ガングリオシドクラスター界面という限定された空間の中にAβが高密度で存在する条件下において、特異的な分子内および分子間相互作用が誘起されることを初めて明らかとすることができた。また、AβのC末端とガングリオシドクラスターとの相互作用様式は、クラスターを形成する糖鎖部分の有無や構造の違い、またクラスター面の曲率や密度によって影響を受けることを示すことができた。本研究の成果は、糖脂質クラスターを舞台とする分子会合現象に関して初めて構造的基盤を与えるものであり、糖脂質クラスターが担う多種多様な生体認識現象の分子構造論的な理解を促すものと考えられる。
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