生物は環境の変化に対応して、形質をさまざまに変化させる。これまでの進化生態学では、形質の変化の適応的な意義について研究が行われることが多かったが、形質の変化が個体群動態・群集構造に及ぼす影響まで調べられることは稀であった。近年になって形質の変化がもたらす生態的影響に注目が集まっているが、形質の変化をもたらすメカニズムの違いを明示的に比較した研究はなされてこなかった。そこで、集団中の遺伝子型頻度が変化する「迅速な進化」と、個体の発現が可塑的に変化する「表現型可塑性」という2つのメカニズムを明示的に記述した数理モデルを用いて、その個体群動態に及ぼす影響を比較した。 連続培養装置(ケモスタット)中のワムシ(捕食者)・イカダモ(被食者)系をもとにモデルを構築し、過去の実証研究に基づいてパラメータを設定した。イカダモは、捕食者の存在下で食べられにくいコロニーを形成し、誘導防御を行うことが知られている。解析の結果、コロニーの防御が有効である場合には可塑性の方がより系の振動を抑え安定化するが、防御がそれほど有効でない場合には可塑性が系を不安定化しうるということが明らかになった。また、可塑性のある遺伝子型とない遺伝子型の競争モデルを構築し、より長期的な進化的安定性を調べた。すると、可塑性は変動環境では有利になることが示された。以上の結果から、可塑性は振動を抑えるものの、振動があると可塑性が有利になるというジレンマが存在し、その結果として可塑性が迅速に進化して間欠的な振動をもたらすという動態が起こりうることが明らかになった。
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