研究概要 |
本研究は古代中近東地域で使われたコバルト着色剤を対象とし,化学的分析手法による特性化を目的としている。古代中近東地域におけるコバルトの利用は,新王国時代第18王朝(前15世紀)のエジプトであったとされる。その原料はエジプト西方砂漠産の「コバルトミョウバン」と呼ばれる鉱物であったが,このコバルトミョウバンは同時代末(前13世紀)に突如としてエジプトでの利用が停止される。またエジプト以外の中近東地域ではコバルト着色技術が広く使われるようになるが,そのコバルトの原料およびその採掘地は不明である。 新王国時代の第19王朝末(前13世紀末)のエジプトの遺跡から,これまでに報告のない組成的特徴をもつコバルト着色遺物が見つかった。従来説ではこの時代エジプトではコバルトの利用はされていなかったとされる。コバルトミョウバンの利用停止直後にあたる時代のエジプトで新種のコバルト着色剤が見つかったことは,古代中近東地域におけるコバルト着色剤の利用を考察するうえできわめて重要である。 鉄器時代(前12~4世紀)のトルコの遺跡から出土した青色ガラスは,エジプト新王国時代第18王朝(前15~13世紀)のコバルトミョウバンによる青色ガラスとは明らかに異なる組成を有していた。このガラスはメソポタミアからの輸入品と考えられ,メソポタミアではエジプトと異なるコバルト原料を用いて青色ガラスを作っていたことが明らかとなった。 紀元前千年紀の後半では,エジプトとシリアでコバルト純度の高い新たなコバルト着色剤が使われていた。さらにドイツ,イタリアなどヨーロッパ方面の出土ガラスに関する文献中にも類似した組成の青色ガラスが報告されており,きわめて広範囲に流通したコバルト着色剤だったものと考えられる。 このように,古代中近東地域におけるコバルト着色剤に関し新たな分析データが数多く得られ,利用変遷の解明に繋がる結果が示された。
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