十七世紀フランスにおいて興隆したカトリック系「神秘主義」の諸思潮・運動が、同じくこの時代に顕著に現れてくる「反神秘主義」といかなる緊張関係をもっていたかを示し、個々の神秘家が実際にその緊張関係をどのように生きたかを問い、従来の近代宗教史理解を包括的にとらえ直しながら、近代の宗教性あるいは霊性のかたちを理解することが本研究の大きな目的である。この目的を効果的に達成するため、近世フランス最大の神秘家ともいわれるイエズス会士ジャン=ジョゼフ・スュランのテクストである。とくにその『書簡集』を考察の中心に据える。 現在までに得られた研究成果は、主として本研究の方法論や宗教史的視座の新しさを確かめるものである。本研究はこれまで、ミシェル・ド・セルトーの神秘主義研究をはじめとする先行研究を順次検討する過程で、十七世紀フランス神秘主義の理解にとって社会史的アプローチを視野に入れたテクスト批判がもつ新たな可能性を提起した。スュランを含むこの時代の「神秘家」と呼ばれる者たちが、俗世間から隔てられた修道院の中での観想生活を通じて神を求めるにはとどまらず、国内外での積極的な宣教活動に関わっていたという事実は、書簡などのテクストによって日常的な活動の次元を考察することの豊かな可能性を示している。このように「神秘主義」の社会的広がりに目をやる意義を強調することで、やはり人々の心性のレベルにおいて捉えられる「反神秘主義」の潮流との関係をよりダイナミックに理解するための枠組みを提示することができた。
|