本研究の目的は、婚姻研究という視点から、『源氏物語』を中心とした平安朝物語の虚構性を探ることにある。その際、「I一夫多妻制に関する議論を、虚構の文脈において捉え直す」「II婚姻居住形態に関する議論を、虚構の文脈において捉え直す」「III婚姻用語・慣習について再検討を加える」との三本の柱を立てている。今年度に発表した論文「平安時代の結婚忌月-東屋巻の「九月」をめぐって-」は、前述のIIIに相当し、従来殆ど研究されていなかった結婚忌月について、古記録・物語・陰陽道書・近世考証随筆などを参照し、平安時代において結婚を忌む月とされていたのは、五・九月のみであったことを証明したものである。また、今年度中に投稿受理された論文「『源氏物語』の初妻重視-葵の上の「添臥」をめぐって-」は、前述のIに相当し、古記録等の調査から「添臥」についての従来の理解を正し、さらに『源氏物語』における「添臥」の語の使用方法が、光源氏の両義性を照射する優れた方法となっていたことに着目し、それを手がかりに物語に語られる初妻重視の思想について考察したものである。さらに、今年度中に準備を進めた「平安朝物語の婚姻居住形態-『源氏物語』の「据ゑ」を中心に-」との来年度学会発表は、前述のIIに相当し、従来、妻としての疵とのみ捉えられていた「据ゑ」についての物語の描き方を考察するものである。ここでは平安朝の文学作品との比較により、『源氏物語』の独自性とその先駆としての『蜻蛉日記』の存在を指摘する。以上の研究はいずれも『源氏物語』を対象としているが、平安時代の作品全般を見通す視点を持ち、婚姻というテーマからの俯瞰により、従来のジャンル区分による文学史の把握では捉えきれなかった、各作品相互の交渉を明らかにしようと努めている点で意義があると考えている。
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