本研究の目的は、人間本性の原理的地点から教育を検討し、人間本性に基づく教育理論を提示することにある。そのために、1.人間は自己の非理性的側面とどう関わっていけるか、2.人間は他者の感情とどう関われるか、3.道徳と感情との関係をどう捉えるか、を考察している。その手掛かりとして、情念や欲望といったパトス的なものへの近代的な対処が始まる啓蒙時代にあって、その始まりのまさに出発点に立ち、30年戦争後の荒廃したドイツの文明化に尽力した、ドイツ啓蒙主義の創始者クリスティアン・トマージウスの思想を研究している。トマージウスは、礼儀作法や社交術が重要な役割を果たした宮廷社会における人格モデルを参考としつつも、宮廷社会にとどまらない人間形成を目指した。制御しきれない感情を制御しきれないからといって野放しにするのではなく、いかにして社会に調和させるかということを課題とし、新たな人間の形成と社会の構築を目指した。彼は、ある種の感情は非理性的で非合理的であるとして排除されるが、またある種の感情は道徳性の源泉ともなりうると考え、感情と知性との関係を探求した。情念や欲望といった感情の内のパトス的で非理性的な側面に着目し、人間本性の考察を徹底的に行なったトマージウスの思想は、情念や欲望のあるがままの放出という、社会を悩ませている現代的課題に対し、教育はどう取り組んで行けるのか、そのための新たな理論的な視座を提供しうると考えられる。また、わが国においては積み重ねがほとんどないトマージウス研究の基礎を構築することで、啓蒙時代の研究やトマージウスに依拠していたカント哲学の研究に更なる深みを持たせ、新たな示唆を提供しうる有益な研究となるに違いない。
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