本研究の目的は、人間と社会との関係についての分析を経ながら、これまでの基礎教育理論を批判的に再構築することにある。その際の分析の中心となるのは、具体的には、公的生活と私的生活との関係、自己と他者との関係において人間がいかに振舞い、振舞ってきたかについての考察である。常に変遷する人間の振舞いと、自己や他者、社会の意味合いについての変化についての考察は、今日の人間観及びそこからよってくる教育観を批判的に相対化することを可能とするとともに、歴史の変化を踏まえたいかなる教育理論が構築されうるのかということについての示唆を与えてくれる。 本年度は以下の二つの課題、(1)今日における啓蒙的理念について、(2)公的生活における人間の振舞いについて、の分析に取り組んだ。「場」に対する外面的な振る舞いが極端なまでに高まり、公的生活と私的生活が明確に分離された時代である宮廷文化時代から啓蒙主義時代にかけて、他者と関わりながら自身で思考を深めることを通し、自身と他者との差異を意識し、それを踏まえ人間形成的な視点と社会構築論的な視点とを組み合わせることで、緩やかな社会を築こうという意識が芽生えた。この初期啓蒙主義的な理念というのは昨今のドイツ政治教育においても基盤として息づいており、ドイツにおけるその実践に触れることを通して、その理念の今日的意義を分析した。もう一方で、社会における人間の振る舞いについて歴史的考察においては、資本主義社会の進展とともに、個々人は行動の責任や意義を自己自身で意味づけるようになり、行動は社会的な意味ではなく、個人的ないしは心理的な意味合いを持つようになったという分析結果に至った。この個人化と心理化という過程は、孤立化と過度な自己責任化をもたらしているということもまた明らかとなった。本年度の研究により、この過程に対して教育はどのような対応をしていくべきなのかというにとに対する理論的な基盤を築いたといえる。
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