現段階で、脊髄完全損傷者が歩行機能を再獲得できる可能性は極めて低い。しかしながら、近年、幹細胞移植など神経再生に関する基礎研究が進み、臨床的にも受傷脊髄への応用が可能になる日も近いとされている。しかしながら最終目標は、日常生活に耐えうる機能回復である。おそらく、再建術後、歩行機能が劇的に回復するか否かは、受傷部より下部の脊髄神経機構が、状態よく残存していることが鍵となる。そのためには、再建術前まで、麻痺領域を支配する脊髄を含めた中枢神経系の退行を防ぎ、歩行に関わる神経回路網を維持・促進させておくことは、再建術後の機能回復を最良のものにするためにも重要であろう。この視点は、今後、再生医療が目を向けねばならない新たな課題でもある。 今年度は、ヒト歩行運動に関与する脊髄神経機構(CPG回路)の機能特性の把握について焦点を絞った。先行研究において、歩行に関連した感覚情報、特に荷重に関連した感覚情報がヒトCPG回路の駆動に重要であることが知られているが、どのような荷重情報がこの神経回路駆動に重要なのかについては不明である。もし、これらのことが解明されれば脊髄損傷者等の免荷式歩行トレーニング時においてどのような荷重情報に焦点を絞ることが重要なのか明確になり、臨床現場においても有益な知見となりうる。そこで、CPG回路駆動の影響を強く受けるとされている電気生理学的手法(皮膚反射法)を用いて実験を行った。 その結果、歩行時の脚部への荷重と脚部の動きが統合することにより、歩行リズム生成に重要なCPG回路駆動を促すような結果が得られた。また、歩行に関連した位相性負荷が加わりさえすれば、CPG回路の駆動を反映する皮膚反射の修飾が観察され、その活動は、伸筋と屈筋の皮膚反射からもCPG回路の駆動を強く示唆できるものであった。これらの知見は脊髄損傷者の歩行トレーニング時において、脚部への荷重の重要性を示すものである。
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