本研究は1920年代にパリのモード界に進出した画家のソニア・ドローネーのイメージ戦略を、同時代に典型的な女性像「ギャルソンヌ」との関連から解明しようと企てるものである。本年度は、この時代の女性像を論じる大前提として、「ギャルソンヌ」という呼称を生む直接の要因となったヴィクトール・マルグリットの同名の小説『ラ・ギャルソンヌ』(1922年)の精読にまず着手した。その中で、第一次世界大戦という経験が、女性たちの生活習慣や行動様式に余儀なく変化を迫り、そうした社会背景が経済的にも精神的にも自立した女性たちの登場を促したということ、また、短い髪にシンプルなひざ丈のドレスを合わせる文字通り「少年のような」装いが、まさに戦後、登場したそのような女性たちの精神性を映し出したものであったことが明らかになった。 それと並行して本年度は、1925年にパリで開催されたアール・デコ展のファッション展示について、博覧会タイトルに掲げられた「モデルヌ」という概念に着目し、分析を行った。その中で、当時、パリのモード界で活躍していたデザイナーたちの多くが、豪華な調度品で整えた室内に、その頃、現れたばかりの新しいタイプのマネキンを配置して、「現代女性」の日常生活を示す展示を行っていたのに対し、ソニアがマネキンを用いず、その代わりに生身の生きたモデルを使い、戸外で街を闊歩する活動的な女性たちのイメージをプレゼンテーションで示していたことを指摘した。ここに、「伝統」と「革新」、「豪華さ」と「合理性」、あるいは「静」と「動」という相対する価値概念が浮かび上がり、ソニアがパリのモードに現れたばかりの「ギャルソンヌ」のイメージを有効に用いることで、他のデザイナーとの差別化を実現していたことを明らかにした。アール・デコ展を事例に取り上げた女性表象に関する研究はいまだ希少であるため、既存の研究に新たな視座を提示することができたものと思われる。
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