「フランス近代文学における女中の表象」という研究課題のもと、本年度は「女中」の存在に注目しながら、19世紀末の女性嫌悪の言説および芸術家小説の諸問題の検討を行った。日本フランス語フランス文学会で発表した「ユイスマンスにおける芸術家と女性-『世帯』をめぐって」では、19世紀に隆盛をきわめた芸術家小説において、インスピレーションの源であるとともに創作活動の障害として描かれる「女性」の問題が、ユイスマンスが1881年に発表した『世帯』においてどのように変奏されているかを読み解きながら、「孤独な芸術家」の庇護者としての「女中」のテーマの重要性を論じた。ゴンクールの『マネット・サロモン』やゾラの『制作』をはじめとする数多の芸術家小説には、創作と女性の板挟みになる芸術家が登場し、ミューズを女性として愛することは芸術家の堕落を意味していた。一方で、ユイスマンスの『世帯』は、小説家を主人公に据えた「芸術家小説」の体裁をとりつつも、このジャンルに典型的なミューズと性愛、芸術家とブルジョワという二項対立には還元できない問題が論じられ、現実の愛と芸術の理想に引き裂かれる芸術家神話にとらわれることのないユイスマンス独自のリアリズムが体現されていることを例証した。本発表で、これまで美術批評や象徴主義との関連から論じられることの多かったユイスマンスの作品に新しい光をあてることができた。19世紀末の芸術家小説における「女中」の存在に注目することが、同時代の芸術家の自己表象および創作環境の問題を論じる上で有効であることが証明されたため、引き続き、ユイスマンスの作品の読み直しを進めるとともに、同時代の重要な作家であるモーパッサン、ヴィリエ=ド=リラダンといった作家に関しても、同テーマのもとで検証を進めている。
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