初年度である本年では、エルンスト・ユンガーを中心にヴァイマル時代ドイツ語圏の保守革命知識人を題材に、原典および二次文献を精読しつつ美・技術・政治の結節点についての言説がどのように展開されてきたのかについて検討した。ユンガー以外の著者についても大幅な論究を必要としたのは、(1)本研究の目的はユンガー個人の作家研究にとどまらず、ヨーロッパ思想史全体における技術を通じた「政治の審美化」の典型例としてこの著者を扱うことでもあること、また(2)ユンガー本人は自ら思想史的文脈を明示したテクストを著すことの少ない「作家」であるため、彼と他の知識人との知的交流を吟味し、同時代ドイツの知的世界という布置関係のなかに正確にユンガーを位置づけることが上記目的にとって不可欠であること、の二つの理由による。 研究成果としては、学会およびそれに準じる場所で二つの口頭発表を行った。一つは「悲劇をめぐる闘争」と題されるもので、保守革命の一派に数えられるゲオルゲ派の理論家であるグンドルフと保守革命を「政治の審美化」であるとして論難したベンヤミンの両者が近代悲劇論を構築する際に行った、詩的言語を通じた政治への介入についての比較を試みた。次に「人種主義に対する歴史主義」では、保守革命知識人の代表者でありユンガーと密接な影響関係にあった法学者のシュミットが、パンフレット『国家・運動・民族』によってナチスにコミットしつつも歴史主義的伝統の継承ゆえに人種主義に与することが困難であったことを指摘し、保守革命と歴史主義の関係を考察した。これらはユンガーそのものについての研究ではないものの、保守革命の布置関係において彼の思想を考究するための予備作業としての意義を持つものとなっている。
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