これまで、細胞質ダイニンは二つの重鎖が交互に構造変化して力発生を行うことで、微小管上を二足歩行していると予想されてきた。ところが、これまでの私の研究により、一方の重鎖を構造変化及び力発生をしない「死んだ」重鎖に代えても、微小管上を一方向へと二足歩行することが明らかになった。昨年度までに、細胞質ダイニンの2つの重鎖に別々の蛍光色素または量子ドットを導入することで、2つの重鎖の動きを高時間・空間分解能で追跡するシステムが整った。本年度このシステムを利用することで、2つの重鎖が交互にステップするだけでなく、一方の重鎖が連続してステップする場合があること、野生型の重鎖が「死んだ」重鎖を物理的に微小管から引き剥がしていることが明らかとなった。それでは、細胞質ダイニンの動作に一方の重鎖の寄与は必要ないかというとそうではない。光ピンセットを用いた計測から、ダイニンが負荷に抵抗して力を発生させるためには、両方の重鎖が構造変化することが重要だということもわかった。また、重鎖の構造変化自体は6pN以上という強い力を出しうるが、少なくとも細胞性粘菌のダイニンでは、微小管との結合が大きな負荷に耐えられず、これが細胞質ダイニンの発生させる力を規定していることも示唆された。 これらの特性が、「片足が死んでも二足歩行可能」という細胞質ダイニンのユニークな性質を生み出している。真核細胞の細胞質では、微小管のプラス端方向への物質輸送に関わるキネシンは多くの種類が存在するのに対し、反対側への輸送を司る細胞質ダイニンは一種類だけである。そのため、細胞質ダイニンはさまざまな状況に応じて、その運動を調節できるものと考えられる。本研究は、これまでに得られた一つの重鎖の構造情報や反応キネティクスと、実際の二量体としての運動や力発生の仕組みとを結び、細胞質ダイニンの細胞内での調節機構研究の基盤となるものと評価できる。
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