本研究の目的は、中国からの越境者の視点に着目し、政治的経済的な国際情勢の流れに翻弄されつつも、宗教、民族、生業などにもとづく多元的なネットワークを駆使して、東アジア外に自らの生活圏を確立していく姿から、移民によるあらたな地域像の生成を浮き彫りにすることにある。昨年度において申請者は、中国雲南系ムスリム移民の越境をめぐるネットワーク形成について、その成果を国内外に向けて着実かつ精力的に発信してきた。昨年度の研究活動で特筆すべきは、単著『越境を生きる雲南系ムスリム-北タイにおける共生とネットワーク』(昭和堂)を上梓したことである。また、研究成果としては、学術論文「民族関係から「華」を考える-北タイ国境における雲南系回民を事例に」(『中国研究月報』2011年2月掲載)に加え、東南アジア学会における分科会「国民であること・華人であること-20世紀東南アジアにおける秩序構築とプラナカン性」(於・愛知大学)、「クロスボーダーにおける共生への模索-北タイにおける雲南系ムスリムのネットワーク構築から」(於・国立民族学博物館)や「国境域におけるイスラーム環境の生成-北タイ雲南系ムスリムを事例に」をテーマにした第7回比較移民研究会(於・東北大学)における発表、さらに異分野や異なる地域間の研究者との共同研究会の実施「移動がうみだす地域を考える-Asian Muslimの視点から」(於・京都大学)、「中国の環境問題と生存基盤-公害、環境政策、生態移民」(於・京都大学)などがある。多文化空間における民族・宗教を越えた共生のありかたを示した本研究は、21世紀における人と人との絆を軸にしたあらたな地域像を模索するうえで示唆に富み、今日的意義は大きい。
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