語義失語患者(Semantic Dementia : SD患者)を対象に、患者の産出する音韻エラーパターンを分析し、SD患者の音韻エラーの生起要因を解明することを目的として研究を進めた。SD患者は単語の意味を徐々に失うという、意味知識の選択的障害を持つ。一方で、複数の単語を、提示された順番に再生する場面で音韻エラーを頻出する。一見、意味と音韻の二つのレベルの障害を持つように見えるが、意味の障害が音韻の操作に悪影響を与えていると考えられる。単語の意味は単語内の音系列を1つに束ねる働きを持っており、SD患者では単語の意味の喪失により音系列を束ねることができず、結果として音韻処理レベルの操作に影響がでると仮定できる。つまり、患者の音韻エラーは意味の喪失が主要因として生起する。この仮説が正しければ、SD患者の音韻エラーのパターンは健常成人のそれと同じであると予測できる。健常成人の音韻エラーは単語の枠組みの制約という、音韻規則を反映した形で起きている。従って、もしSD患者の音韻エラーの生起要因が、意味の障害で起こっているならば、患者の音韻処理に問題はないはずであり、健常成人と同様に単語の枠組みの制約を反映した音韻のエラーパターンを示すだろう。この仮説を検討するために21年度の研究実施計画に沿って以下の実験を実施した。まず、健常成人38名での非単語の系列再生課題での音韻エラーパターンを分析した。その結果、概ね音韻の枠組みの制約を反映したエラーが起こっていることが確認された。これは英語話者での非単語産出の結果や日本語話者での自然に起こった言い間違いの分析結果等と一致している。次にSD患者4名(軽度2名、重度2名)を対象に単語の出現頻度を一つの要因として単語の復唱課題を実施した。一般にSD患者は低頻度の単語から意味を喪失していくため、高頻度の単語よりも低頻度の単語でエラーが多く成績が悪いと言われている。結果の詳細は現在分析中である。今後は軽度SD患者2名を追加しこの課題および、課題実施が可能な軽度のSD患者全員を対象に単語の系列再生課題を行い、その音韻エラーパターンを分析する予定である。
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