本年度は正倉院文書の帳簿を整理・分析し、造石山寺所と奉写大般若経所の財政の検討を行った。 造石山寺所は、岡藤良敬氏の『日本古代造営史料の復原研究』(法政大学出版局、一九八五年)をもとに帳簿を復元した。その上で一部の帳簿の記述が、実態から乖離していたことや、石山寺写経所から財政支援を受けていたこと、また別当に限らず造石山寺所の官人はそれぞれの職務を遂行するために私財を投入していたことなど、造石山寺所の財政運用の実態をあきらかにした。また滋賀県大津市に赴き石山寺とその周辺の地形などを実見した。 奉写大般若経所では、山本幸男氏の『写経所文書の基礎的研究』(吉川弘文館、二〇〇二年)をもとに帳簿の復元を行った。この財政については、これまで現物が給付されず、節部省(大蔵省)から大量の調綿が下充され、それを写経所官人が各々交易して得た銭によって、必要物資が購入されていたことが指摘されており、さらに財政運用については、栄原永遠男氏によって、奉写大般若経所の物資調達は、写経事業の進展過程に対応して、かなり計画的に行われており、物価騰貴や物資不足を想定せず、あたかも必要な時に必要な量の諸物資を購入できるという前提に立っていたとし、当時の流通経済における写経所の強さが指摘されている(「奉写大般若経所の写経事業と財政」『奈良時代写経史研究』塙書房、二〇〇三年、初出、一九八〇年)。しかし本研究では、帳簿を再検討することにより、奉写大般若経所では調綿の高値での売却が困難であったこと、また米価高騰に対して打つ手がなく、写経事業の進展にしたがって、なし崩し的に物資を購入していたこと、すなわち別当の安都雄足が財政運用に失敗していたことをあきらかにした。本研究の成果は、論文「二部大般若経写経事業の財政とその運用」としてまとめ、『ヒストリア』に投稿した。
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