本研究は、16-17世紀、日本の統一政権によるキリスト教禁教が徹底した排撃性をともなった原因を、中国、朝鮮との比較を通して考察し、東アジアにおける近世日本の統治の特質を解明することを目的としており、本年度はその一環として「日本のキリシタンの内面的世界と在地社会への影響」および「日本のキリシタンと統一政権の禁教政策」の課題に取り組んだ。イエズス会文書館およびインディアス総文書館所蔵の手稿文書から日本関係史料を中心に調査・採取・分析を実施した結果、本年度は上記2課題のうち、主に後者の研究に関連する成果を得た。その具体的内容は以下の通りである。 従来では、16世紀末-17世紀初頭のキリスト教情勢に関して徳川家康の政治的影響力を過大に評価し、南蛮貿易の影響やキリシタンの担った固有の役割、地方領主の個別的政策を含めて論じていない点に問題があった。そこで島津氏の事例に着目した結果、同氏はマニラ貿易政策と一体化したキリシタン政策を展開していたことが明らかとなった。例えば当該時期の日本-マニラ貿易は、日本人海賊対策として日本商船に宣教師の発行する紹介状携行を義務付けており、そのため島津氏は領内の反発にも関わらず、同貿易を遂行し得る宣教師を招致し、布教を許可している。この背景には、当時の日本-マニラ貿易の興隆があり、それは明朝中国の海禁政策解除やマニラのガレオン船貿易の開始によってもたらされたものであった。以上から、当該時期の日本のキリシタン教界の情勢は、東アジア規模での貿易構造の変化に規定されていたことがわかる。 したがって、本年度の研究の意義と重要性は、統一政権のキリシタン禁教に関して、国内の政治状況だけではなく以下を含めて論じる必要のあることを提起した点にある。それは、東アジア規模での物流の変化と、それから生じるキリシタンへの社会的要請の変化を前提として、支配者がそれにどう対処したのかという問題である。
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