L-フェニルアラニンとL-アスパラギン酸から形成される環状ジペプチド誘導体は、ゲル化剤の基盤として有用である。環状ジペプチド誘導体に分子量の異なるポリジメチルシロキサンや分岐アルキル鎖を導入したゲル化剤は、シリコンオイルや食用油をゲル化するオイルゲル化剤として機能した。これらのゲル化剤から調整したゲルには、チキソトロピーと呼ばれる特異な粘弾性挙動を示すものがあった。このチキソトロピー性ゲルは、通常の物理ゲルと同様に加熱・冷却の操作によってsol-gel転移するだけでなく、撹拌や振動といった物理的なせん断によってsol化した後に一定時間静置することによって再度ゲル化することが可能である。この性質は熱を使用しない手軽さから、塗料や薄膜形成といった工業的利用が検討されている。環状ジペプチド誘導体を基盤としたゲル化剤は、水素結合と弱いvan der Waals相互作用によってゲルを形成することが分かっている。しかし、チキソトロピー性を示すゲル化剤と示さないものの間にどのような差異があるかについての知見は得られていなかった。当該年度は、各種ゲル化剤より調整されたゲルを小角X線によって構造解析を行なった。この結果から、数十から数百ナノメートル程度のスケールで様々な構造体を形成していることが観察された。この構造体の大きさや形が、チキソトロピー性の発現に影響を与えていると考えられる。このことは、数Aという非常に小さな分子の構造を変えることで、ナノメートルオーダーの超分子構造が変化することを意味している。これを踏まえてゲル化剤の分子構造を設計を行なえるならば、チキソトロピー性を有するゲル化剤の開発に貢献できると考えられる。
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