研究概要 |
我々は流れる時の中に身を置いている。時間に始めがあることはビッグバンの説明により前世紀に受け入れられている。しかし時間に終わりがあるのか、時間は反転し得るのか等まだ疑問とされる部分も残っている。中性子電気双極子能率は、それが存在すれば理論の如何に関わらず、時間の不反転性の直接の証拠となるが、それだけでなくその大きさは宇宙のバリオン数優勢に直接結びついていて、例えば超対称性理論はそれを説明するのみならず電気双極子能率が10^26e.cmと予言している。本研究における測定感度は丁度この値に相当していて、現代素粒子理論の未解決部分に光を当てるものである。1970年代後半に始められたスーパーサーマル法による超冷中性子の大量発生は日本で独自の発達をとげ、2001年にフランス実験炉(ILL)でその有効性を世界の研究者に示して、今や電気双極子能率の発見に近づきつつあると言ってよい事になった。平成14年1-4月にILLで行われた照射実験は平均UCN密度8/cm^3、平均発生率0.7/cm^3/sを記録した。平成14年1-3月の実験では新たにDaimler-Benz社のvelocity selectorによって各波長(4.5A-9.5A)にわたってUCNの発生率が正確に記録された。その結果発生の主要プロセスは予想どおり0.7Kの超流動状態の液体ヘリウムの一個のフォノンとの相互作用によるものであることが確定的となり、複数フォノンプロセスによる発生率はその十分の一程度であった。UCNの発生率は人射中性子波長の関数として美しい曲線を描き、世界ではじめての観測となった。これは(上述の)中性子電気双極子能率測定(時間の不反転性)が新しい段階に入ったことをしめしている。この結果は近日中にPhys, Lett.に掲載される。一方超伝導錫微粒子を用いた中性子検出器は2K以下の温度領域でも検出に成功した。この検出器は原理的には絶対零度まで動作が可能で、多数のデータから解析を推し進め近日中にNIMに投稿される。超冷中性子関係の実験のみならず超低温下の中性子を用いた物理実験にも大いに役立つ検出器となるものと考えられる。
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