『源氏物語』諸本の本文異同の傾向について、そのデータ処理の詳細は、「特定領域研究・人文科学とコンピューダ・CD-80M研究成果報告書」を参照願いたい。いわゆる〈別本〉として放置されてきた本文群は、その内部・外部の確認がほとんどなされていないのが現状である。 まだまだ資料がすくなすぎるので、十分な結論を出すに至ってはいない。現在のところでは、諸本間における八割の異同傾向を一つの分岐点として注目している。その一部を記しておく。 ■14巻「澪標」 :十七本の本文を翻刻することによって、その諸本間の位相を詳細に考察した(拙稿「別本本文の意義-「澪標」における別本群と河内群-」 『源氏物語研究集成 第13巻』平成11・3、風間書房)。 ■20巻「朝顔」 :大島本と尾州本の対局に陽明本と国冬本が位置している。その中間に東大本と保坂本がある。従来、別本と呼ばれてきた本文群である。八割という境界線が、こうした数値処理で見えてきた分岐点のように思われる。 ■36巻「柏木」 :きれいに右肩上がりに諸本が並んでいる。国冬本と保坂本は、今後とも注目すべき本文である。拍木には『源氏物語絵巻詞書』が伝存している。それらを含めた多様な本文資料で、さらに情報を増やしての考察が肝要である。 今回のデータを活用して、各諸本毎の全巻の異同のゆれを見る必要もある。当面は巻単位で、そして、その点を線へと延ばすことによって、諸本間の位相が見えてくる。これまでの、いわゆる青表紙本・河内本・別本という分別基準があいまいな系統論ではなくて、本文の異同傾向を概観しての分析を深化させていくことの必要性を痛感している。もちろん、本文を読むという行為を通しての本文の位相の探求が、もっとも重要なことであることは論をまたない。その両面からのアプローチが、今回のデータ処理を通して可能となったのである。
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